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歴史文化ライン 三國湊町

古来より三国湊は、九頭竜川や足羽川を使った水運の物流拠点として繁栄。朝倉氏やその後に福井を治めた柴田勝家も水運を重視して三国湊を利用した。江戸中期になると、狭い範囲で行っていた水運・海運が、それらの港をつなぐ海上航路へと発達し、「北前船交易」が始まる。三国湊においても、海運で上方(関西)・瀬戸内・山陰・東北・北海道から物品が集まり、物流の一大集積地として町は大きく発展した。

瀧谷寺

瀧谷寺

多くの寺社が建ち並ぶ三國湊町最古の寺院で、南北朝時代の永和元年(1375年)に開山。越前の国を治めた朝倉氏や柴田勝家、福井藩主の松平家、丸岡藩主の有馬家ら、歴代領主の祈願所として、厚い信仰を受け栄えました。境内には本堂をはじめ、国指定重要文化財である建造物が配され、柴田勝家が寄進した鐘楼門も残っています。宝物殿には国宝の金銅毛彫宝相華文磬をはじめ、貴重な仏像・仏画や古文書が所蔵されています。

みくに龍翔館

みくに龍翔館

特徴的な建物は、明治12年(1879年)にG.A.エッセルが設計して建てられた五層八角の白亜の龍翔小学校を模して造られたもの。館内は3階にわたって展示コーナーが設けられ、最上階4階の展望室はパノラマ展望台として三国湊町を見下ろすことができます。

三国突堤

三国突堤

江戸から明治にかけて北前船交易で経済的に豊かだった三国湊町では、明治維新後、北前船船主ら豪商の財力により、いち早く西洋の文化が取り入れられ、三国湊町の発展に大きな影響を与えました。その代表が、オランダ人技師のG.A.エッセルが携わった「三国突堤」です。この三国突堤は国重要文化財の指定を受けています。

歴史文化ライン 三國湊町