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歴史文化ライン 吉崎御坊跡

文明3年(1471年)7月下旬、比叡山延暦寺などの迫害を受けて京から逃れた本願寺第8世法主蓮如が、本願寺系浄土真宗の北陸における布教拠点として越前吉崎にある北潟湖畔の吉崎山の頂に建立しました。この地で蓮如は教義を民衆にわかりやすく説き、時には御文(「御文章(ごぶんしょう)」)を用いたり、「南無阿弥陀仏」の六字名号を下付したため、御坊には北陸はもとより奥羽からも多くの門徒が集うようになりました。また、御坊周辺の吉崎一帯は坊舎や門徒の宿坊などが立ち並び寺内町を形成していました。

史跡 吉崎御坊跡

史跡 吉崎御坊跡

北潟湖に面する「蓮如の里」吉崎御坊跡。1471年、蓮如上人は浄土真宗の新たな布教拠点としてこに道場を開き、吉崎滞在わずか4年余りの間に、庶民にもわかりやすい仏教の教えを広めました。荒地であった吉崎は急速に発展し、一帯には坊舎や多屋(門徒が参詣するための宿泊所)が立ち並び、寺内町が形成されていきました。当時の建物は今はなく、史跡として遺されているばかりですが、歴史的に重要な場所として受け継がれています。

本願寺派吉崎別院(西別院)、真宗大谷派吉崎別院(東別院)、吉崎御坊願慶寺、吉崎寺

本願寺派吉崎別院(西別院)、真宗大谷派吉崎別院(東別院)、
吉崎御坊願慶寺、吉崎寺

御坊跡の麓には寺院が建ち並び、それぞれに蓮如上人の自画像や自筆の経文などを公開しています。中には「嫁おどし肉付きの面」をこの地に伝わるその逸話とともに見学できる寺もあり、興味深く寺巡りすることができます。

吉崎御坊 蓮如上人記念館

吉崎御坊 蓮如上人記念館

蓮如上人の直筆御名号、御文、絵像、蓮如上人絵伝など展示するとともに、「七不思議堂(登録有形文化財)」、「信の庭」、桃山様式の高廊下風庭見台「見玉楼」等が公開されています。

歴史文化ライン 吉崎御坊跡